これからは日記をつけていこうかな。
手始めにいま考えていることを。
最近、生き甲斐と糧を無くし、自分の人生や愛は何だったのかと自問自答している。原因は僕であり、元家族だ。欲望とは残酷すぎる。自制が効かねばすべてを破滅する。
この世で一番信頼していた人に、名前を間違えて呼ばれた。相手は無自覚か故意かは知らないがはっきりと「まーくん」と言った。この屈辱感は一体なんだろうか。涙が止まらない。もう関係のないはずなのに、眠気がぶっ飛んだ。
僕は甘すぎた。優しかったのではない、自分に、相手に甘すぎた。そして甘かった。
僕に足りないものが、わかってきた気がする。
僕の存在はあまりにもちっぽけで、希薄。僕は彼女の心にはいない。
不貞をする人間の思考回路が垣間見得た。
これからの人生、さてどうしたものか。
この世の中は真面目に誠実に生きるには少し酷だな。
僕は、大バカものだ。
道ばたには沢山のゴミ、人の落とした不要なものが転がっている。
ふと、何気に、仕事の帰り道に数えてみた。
何の数だろうか、それは「煙草の吸い殻」だ。
私が駅から自宅前の10分間の間に、37本ものゴミが落ちていた。
他のゴミを含めればもっと凄い数であろう。
何故煙草の吸い殻を数えたか。
それは、悪意の薄れた(或いは無い)人が無自覚かつ当然のように
捨てる人が存在することを実感せざるを得ない現状が
何だかとても不愉快な気分にさせたからだ。
話は飛躍するが、無自覚な悪意というのは恐ろしい物で、それは国家・企業・人を
苦しめる要因の一つだと考える。
では、無自覚な悪意というのは何故生まれてしまうのか。
気が向いたら続きを書こう。
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